午前中、毎月発行している「たんぽぽ通信10月号」を作り終えて、一仕事終えた達成感で、ボーっとしていたとき、ふと、以前本で読んだ「意識と無意識」ということについてが頭をよぎって、しばしの間、真面目に(?)考えてしまいました。
意識と無意識の関係性においては、たとえば、イスから立ち上がるとき、立とうという意識が働いて、実際の行動に移行する(立ち上がる)、0.35秒前には無意識がそのように働いているというもの。
脳研究によると、意識的行動の前に、無意識が私たちの行動をコントロールしているらしい。
これは、MRIなどを用いた研究でも明らかになっているようです。
自分の「意識」でコントロールしているつもりでも、実は「無意識」が行っているコントロールを0.35秒遅れて追いかけているにすぎないわけです。
イスから立ち上がるのも、手をのばしてお茶をとるのも、後追いの「意識」が自分の意志でそうしている、と思い込んでいる錯覚。
つまり、痛みからの脱却も、癒されたカラダも、「無意識」がそういう状態にならないとダメだ、ということなんですよね。
・・・「無意識」を「意識」する(させる)・・・
・・・「無意識」を整える・・・
頭の中がぐちゃぐちゃになってきたので、散歩にでも行こうと思います。
頭を使った分、身体を使ってきたいと思います。
こう決めて、行動するのも、私の中の「無意識」が先にそう決めていたのね・・・0.35秒前に
意識と無意識
ストレッチ
ストレッチをするとき、伸ばすターゲットの筋肉に力を込めてしまっていませんか?
ターゲットの筋肉の反対の作用を持つ筋肉群を収縮させることで、ターゲット筋を新調させ、それによって伸ばしたい筋肉にストレッチの効果が現れます。
意外と多いのが、伸ばしたい筋肉に力を入れることで(緊張させることで)、その筋肉に、つっぱり感を生じさせ、それが効いているストレッチと錯覚しているケース。
これは、ストレッチそのものがカラダにいい・悪いといった問題ではなく、また、フォームがいいとか悪いといった次元の話でもなく、間違った感覚で行っている自己満足ストレッチです。
自ら作り出した緊張をストレッチ感と思いこみ、ちゃんと伸ばしていると錯覚してしまう、このようなストレッチを行っていると、言われているような効果が期待できないばかりか、筋肉を伸びきったゴム状態に陥れかねません。
ストレッチの方法論やプログラムの組み方だけでなく、実施が適切なのかということにも注意したいものですね。
ターゲットの筋肉の反対の作用を持つ筋肉群を収縮させることで、ターゲット筋を新調させ、それによって伸ばしたい筋肉にストレッチの効果が現れます。
意外と多いのが、伸ばしたい筋肉に力を入れることで(緊張させることで)、その筋肉に、つっぱり感を生じさせ、それが効いているストレッチと錯覚しているケース。
これは、ストレッチそのものがカラダにいい・悪いといった問題ではなく、また、フォームがいいとか悪いといった次元の話でもなく、間違った感覚で行っている自己満足ストレッチです。
自ら作り出した緊張をストレッチ感と思いこみ、ちゃんと伸ばしていると錯覚してしまう、このようなストレッチを行っていると、言われているような効果が期待できないばかりか、筋肉を伸びきったゴム状態に陥れかねません。
ストレッチの方法論やプログラムの組み方だけでなく、実施が適切なのかということにも注意したいものですね。
深〜い呼吸
誰しも、何らかのストレスや痛みを感じると、その反応は呼吸の深さに現れます。
一般に、呼吸が深く出来ている状態は、身体がリラックスできている時。
逆に浅くなっている状態は、緊張モード、緊急モードとなります。
ピッチャーがゲームの緊迫した場面で、マウンド上で大きく深呼吸するのも、気持ちが高ぶったその瞬間、無意識に身体は緊張モードとなり、結果、呼吸が浅くなってしまうわけで、それを深い呼吸によって、リラックスモードに導いているわけです。
そのほか、呼吸に影響を与える代表的な要因は、痛み。
例えばぎっくり腰で腰が痛い人がいるとします。
ちょっと動いた瞬間に襲ってくる「魔女の一撃」。
腰が痛いというだけで、身体は緊張モードになっていますから、当然呼吸は浅くなります。
それに加えて、その痛みを感じないように、恐る恐る動作しますよね。
そんな時、呼吸はどうなっているでしょう?
恐る恐る動く時には、息をひそめるように、あるいは息をころすように、個人によっては、呼吸そのものを止めてしまいませんか。
このように、ストレスや痛みなどを感じると、私たちは、無意識に呼吸を浅くさせてしまうものなのです。
ある期間、痛みやストレスなどによって、本来とは異なる緊急時用の呼吸パターンを続けていた場合、その方の痛みなどを、施術によって改善できたとしても、その方の呼吸リズムが、痛みを感じていた時と同様だったとしたら、どうなるでしょう?
その方の呼吸が、ストレスを感じた時と同じ、浅いままだったとしたら?
本来の状態とは異なる浅い呼吸パターンは、それが引き金となって、一時的にぎっくり腰が良くなっても、そのうちまた腰の痛みを再発させます。
感じていたストレスが解消できたなーと思っていても、浅い呼吸パターンは、次のストレスへの抵抗力(許容量)を低下させてしまいます。
呼吸には、二つのパターンがあります。
一つは腹式呼吸。
リラックスしていて穏やかな状態が、腹式呼吸のパターン。
ヨガや太極拳などでもこのパターンでの呼吸を行いますよね。
普段の生活においても、呼吸が深く出来ている時は、下腹部が膨張−縮小を繰り返す腹式呼吸が主となります。
下腹部を中心としたその呼吸リズムにおいては、呼吸による振幅によって、身体が無意識に前後に揺れています。
そうそう、人間って、直立した姿勢で立っていても、必ず身体の揺れが起こっています。
本当の意味での静止状態って出来ないのです。
揺れながらバランスを取る、これが人間が行っている姿勢のつくり方となります。
その揺れが、本来その方が持っている揺れのリズムと一致していると、身体全体の不必要なこわばりは起こらなくなります。
身体のコアの部分が適度にリラックスすることで、血行やリンパなどの循環も促進されていくのです。
そして、筋肉や関節なども緩んでいきます。
腹式呼吸のような深い呼吸による、程よい揺れは、生体内のリズムを穏やかにして、リラックス出来る身体をつくってくれます。
その作用は、自律神経にも影響を与えます。
身体各所のリラックス状態は、副交感神経優位の状態へと身体を導き、内臓の働きも本来のものとなります。
呼吸パターンのもう一つは胸式呼吸。
激しく運動をして、ゼーゼーハーハー、肩で息をする状態は、胸式呼吸の最高潮の状態となります。
日常レベルで、肩で息をすることはまれですが、ストレスや痛みがあると、自然に呼吸は胸式呼吸が主役となります。
男性に比べ、女性は腹式呼吸が苦手で、胸式呼吸への依存する傾向が強いと言われています。
そのため、胸式呼吸に偏ったパターンへの変化は、女性の場合、よりはっきりとした形で現れることが多いようです。
痛みやストレスなどによってこのような呼吸パターンになっていると、上記のような身体のリラックス作用が起こりにくくなります。
腹式呼吸は、下腹部を中心とした動きですから、重心の位置はおへそよりやや下のあたりにきます。いわゆる「腰がきまっている」という状態ですね。
それとは違い、胸式呼吸を繰り返すと、身体の重心は、みぞおちあたりにきてしまいます。
通常、重心が高ければ高いほど、揺れに対する安定性は、損なわれていきますよね。
身体が落ち着いていられる時に重心の位置よりも、高くなっていますから、胸式呼吸にみられるような浅い呼吸を繰り返していると、身体の不安定さは増してしまうのです。
そのため、じっと座っている、あるいは立っている状態で、無意識に起こっている自然な揺れが、本来のそれより、不安定で大きな動きとなってしまいます。
そのため腰が痛い時に、患部やその周辺に施術をして、うまく症状が軽減出来、身体のゆがみを整えられたとしても、呼吸が浅いままならば、身体のバランスを不安定な状態へ導く導火線は、残ったままということになるのです。
ですから、その不安定さをカバーしようとして、症状やゆがみが、再発してしまうということになるのです。
ストレスや痛みなどから、うまく抜け出すことが出来たら、呼吸も本来のリズムに戻してあげることが大切なんです。
呼吸の深さも習慣のひとつです。
何かとストレスが多い現代社会。
そこで普通に暮らしているだけでも、呼吸は浅くなりがちです。
腹式呼吸を忘れ、胸式呼吸に依存した呼吸パターンに陥ってしまいやすいものです。
その時になって、いざ、大きく深〜い呼吸をしてみようとしても、ゆったりと息をはくことってなかなか出来なかったり、大きく息を吸い込もうとしても苦しくなってしまったり、呼吸するって意外と難しいことがわかります。
深く呼吸することに慣れていくと、身体のバランスも大崩れしませんし、その上リラックスさせることが出来ます。
もし今、あなたの呼吸が浅くなっていることに気付いたら、ゆったりと大きな、深〜い腹式呼吸をお試しください。
一般に、呼吸が深く出来ている状態は、身体がリラックスできている時。
逆に浅くなっている状態は、緊張モード、緊急モードとなります。
ピッチャーがゲームの緊迫した場面で、マウンド上で大きく深呼吸するのも、気持ちが高ぶったその瞬間、無意識に身体は緊張モードとなり、結果、呼吸が浅くなってしまうわけで、それを深い呼吸によって、リラックスモードに導いているわけです。
そのほか、呼吸に影響を与える代表的な要因は、痛み。
例えばぎっくり腰で腰が痛い人がいるとします。
ちょっと動いた瞬間に襲ってくる「魔女の一撃」。
腰が痛いというだけで、身体は緊張モードになっていますから、当然呼吸は浅くなります。
それに加えて、その痛みを感じないように、恐る恐る動作しますよね。
そんな時、呼吸はどうなっているでしょう?
恐る恐る動く時には、息をひそめるように、あるいは息をころすように、個人によっては、呼吸そのものを止めてしまいませんか。
このように、ストレスや痛みなどを感じると、私たちは、無意識に呼吸を浅くさせてしまうものなのです。
ある期間、痛みやストレスなどによって、本来とは異なる緊急時用の呼吸パターンを続けていた場合、その方の痛みなどを、施術によって改善できたとしても、その方の呼吸リズムが、痛みを感じていた時と同様だったとしたら、どうなるでしょう?
その方の呼吸が、ストレスを感じた時と同じ、浅いままだったとしたら?
本来の状態とは異なる浅い呼吸パターンは、それが引き金となって、一時的にぎっくり腰が良くなっても、そのうちまた腰の痛みを再発させます。
感じていたストレスが解消できたなーと思っていても、浅い呼吸パターンは、次のストレスへの抵抗力(許容量)を低下させてしまいます。
呼吸には、二つのパターンがあります。
一つは腹式呼吸。
リラックスしていて穏やかな状態が、腹式呼吸のパターン。
ヨガや太極拳などでもこのパターンでの呼吸を行いますよね。
普段の生活においても、呼吸が深く出来ている時は、下腹部が膨張−縮小を繰り返す腹式呼吸が主となります。
下腹部を中心としたその呼吸リズムにおいては、呼吸による振幅によって、身体が無意識に前後に揺れています。
そうそう、人間って、直立した姿勢で立っていても、必ず身体の揺れが起こっています。
本当の意味での静止状態って出来ないのです。
揺れながらバランスを取る、これが人間が行っている姿勢のつくり方となります。
その揺れが、本来その方が持っている揺れのリズムと一致していると、身体全体の不必要なこわばりは起こらなくなります。
身体のコアの部分が適度にリラックスすることで、血行やリンパなどの循環も促進されていくのです。
そして、筋肉や関節なども緩んでいきます。
腹式呼吸のような深い呼吸による、程よい揺れは、生体内のリズムを穏やかにして、リラックス出来る身体をつくってくれます。
その作用は、自律神経にも影響を与えます。
身体各所のリラックス状態は、副交感神経優位の状態へと身体を導き、内臓の働きも本来のものとなります。
呼吸パターンのもう一つは胸式呼吸。
激しく運動をして、ゼーゼーハーハー、肩で息をする状態は、胸式呼吸の最高潮の状態となります。
日常レベルで、肩で息をすることはまれですが、ストレスや痛みがあると、自然に呼吸は胸式呼吸が主役となります。
男性に比べ、女性は腹式呼吸が苦手で、胸式呼吸への依存する傾向が強いと言われています。
そのため、胸式呼吸に偏ったパターンへの変化は、女性の場合、よりはっきりとした形で現れることが多いようです。
痛みやストレスなどによってこのような呼吸パターンになっていると、上記のような身体のリラックス作用が起こりにくくなります。
腹式呼吸は、下腹部を中心とした動きですから、重心の位置はおへそよりやや下のあたりにきます。いわゆる「腰がきまっている」という状態ですね。
それとは違い、胸式呼吸を繰り返すと、身体の重心は、みぞおちあたりにきてしまいます。
通常、重心が高ければ高いほど、揺れに対する安定性は、損なわれていきますよね。
身体が落ち着いていられる時に重心の位置よりも、高くなっていますから、胸式呼吸にみられるような浅い呼吸を繰り返していると、身体の不安定さは増してしまうのです。
そのため、じっと座っている、あるいは立っている状態で、無意識に起こっている自然な揺れが、本来のそれより、不安定で大きな動きとなってしまいます。
そのため腰が痛い時に、患部やその周辺に施術をして、うまく症状が軽減出来、身体のゆがみを整えられたとしても、呼吸が浅いままならば、身体のバランスを不安定な状態へ導く導火線は、残ったままということになるのです。
ですから、その不安定さをカバーしようとして、症状やゆがみが、再発してしまうということになるのです。
ストレスや痛みなどから、うまく抜け出すことが出来たら、呼吸も本来のリズムに戻してあげることが大切なんです。
呼吸の深さも習慣のひとつです。
何かとストレスが多い現代社会。
そこで普通に暮らしているだけでも、呼吸は浅くなりがちです。
腹式呼吸を忘れ、胸式呼吸に依存した呼吸パターンに陥ってしまいやすいものです。
その時になって、いざ、大きく深〜い呼吸をしてみようとしても、ゆったりと息をはくことってなかなか出来なかったり、大きく息を吸い込もうとしても苦しくなってしまったり、呼吸するって意外と難しいことがわかります。
深く呼吸することに慣れていくと、身体のバランスも大崩れしませんし、その上リラックスさせることが出来ます。
もし今、あなたの呼吸が浅くなっていることに気付いたら、ゆったりと大きな、深〜い腹式呼吸をお試しください。
人体は電気システム
人間の身体って、非常にうま〜くコントロールされています。
自分の身体の外で起こっている様々な状況に合わせて、身体中に張り巡らされた神経系や様々なホルモンの働きによって、その状況に適応するように、身体内をコントロールしています。
一方で体内の臓器も、これまた神経系やホルモンなどの作用によって、意思とは関係ないところで、私たちが生きていくうえで必要な働きを休むことなく行っているわけです。
このように考えていくと、身体のコントロールは、脳をはじめとする神経系と、内分泌系(ホルモン)がその中枢を担っているということになるわけですが、今回は、少し違った角度から、人体がコントロールされている仕組みをみていきたいと思います。
いきなりですが、人体は「電気」でコントロールされています。
電気?
と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、人体は、発電所でもあって、電気をよく通す伝導体でもあって、そのうえで、電気によってコントロールされているのです。
心臓も肺も電気を出していますし、胃も腸も目も、脳も電気を出しているます。
わかりやすいのが「心電図」。
これは、心臓が発電所であるというシステムを利用して、モニターしているものですね。
また、人体は電気をよく通す伝導体にもなっているわけですが、電線の断面露出部に手を触れれば、たちまち感電しますよね。
突発的な事故ではない限り、試してみる方もいらっしゃらないとは思いますが、濡れた手で電線の断面露出部に手を触れれば、ビリビリッとくるわけです。
何はともあれ、人体は電気を発生させ、それによってコントロールされているわけですが、その電気の発生現場は、細胞です。
そもそも人体の細胞膜の内と外では、いつも100ミリボルトの電位差がおこっているのです。
この状態を「分極」といって、細胞の内側のほうが低いマイナス電位になっているのですが、何らかの刺激をうけるとプラス電位に反転しまう。
これを「脱分極」といいます。
神経系のネットワークもこの「脱分極」によって行われいて、脳からの運動の指令も、身体で起こった痛みの情報も「脱分極」の繰り返しによって伝わっていきます。
もともと細胞の内外は電解液で満たされていて、ナトリウムイオンとカリウムイオンによって濃度平衡を保っています。
ここに、何らかの刺激が加わると、ナトリウムイオンが突発的に内側に向かって流れていき、ナトリウムとカリウムのイオン相互に濃度の変化がおこります。
これが、「細胞が興奮した」という現象にあたります。
このとき、ナトリウムイオンはプラスの電荷をもっているので、それが細胞内に流れこみ、内側の電位はプラス20ミリボルトほど上昇するといわれています。
この脱分極は0.3秒ほど続き、その持続を保つために電解液に溶けこんでいたカルシウムイオンが一斉に内部に移動して、内側のプラス状態を維持するように動き、その後カリウムイオンがあらためて外側に移動して、細胞膜はふたたび分極状態に戻るという一連の流れによって、細胞の興奮は落ち着いていくのです。
こうしてみていくと、われわれの人体の電気を作ったり運んだりしているのは ナトリウムやカリウムやカルシウムのイオンなのだということがわかります。
われわれはイオンという電気に満たされた電気システムなのです。
私たちが、パソコンを入力するために指を動かしているときも、スポーツで汗を流しているときも、ゆったりとくつろいで一見何も活動していない時でさえ、身体内では、生きている限り、こうした分極・脱分極・再分極・分極を絶えず繰り返しているのです。
また、痛みを感じるということは、脱分極が連鎖的に起きているということになります。
痛みの強さは、脱分極の電圧は一定で、ナトリウムイオンの出入りの頻度によって決まると言われていて、強い痛みであればあるほど、ナトリウムイオンは盛んに出入りを繰り返しているということになります。
一方、麻痺はこのナトリウムイオンの出入りが無い状態となります。
痛みと麻痺は、生理学では正反対の現象のことになるのです。
お医者さんが行う神経ブロックという注射は、このナトリウムイオンの出入りを行えなくすることで、その効果を発揮するようなのですが、そう考えると、「座骨神経痛がひどいので、神経ブロックをしましょう」という場合、麻痺していない場合のみ適応となりますね。(当たり前ですが)
すると、「痺れは、麻痺の軽いもの」という認識も誤りだということになりますよね。(これまた、別物だと理解されている方には当たり前の話ですけど)
意外と多いんです、「痺れがひどいと麻痺してしまうから、神経ブロックをして、早く治さないと」という認識を持っている方が。
痺れが麻痺の軽いものであれば、わざわざ麻痺に近づくような(神経の働きを止めるような)注射をお医者さんが打つわけないですもんね。
ある種の痺れにおいては、麻痺の軽いものというよりは、痛みの感じ方(表現のされ方)の一種と考えた方が適しているのではないかと思いますが、専門家の方々いかがでしょうか。
「神経が圧迫されて、痛みと痺れが起こっています」という場合などの神経がらみの症状や不調を、生理学的な目で見ていくと、痛み―痺れ―麻痺といった部分の認識や、現状の医学的なアプローチに矛盾も感じずにはいられないのですが、この辺の話はまた今度にしましょう。
横道にそれましたが、このように、身体がイオンという電気によって動かされているシステムである以上、塩分やカルシウムは、適量こそあれ、なくてはならないものであるといえますね。
私たちの脳の活動も、神経細胞の電気的興奮によって行われています。
脳は、無数の神経細胞の集合体で、その神経細胞から伸びる樹状突起などを介して繋がっています。(シナプスという)
興奮していない神経細胞はマイナス80ミリボルトと言われていますが、そこにシナプスを経由して信号が伝わってくると、その神経細胞はプラス20ミリボルト以上になります。
この現象を、「発火する」といって、これによって起こる波動単位を「インパルス」ともいっています。
脳内では、絶えずどこかの神経細胞で発火が起こり、それが一瞬のうちにネットワーク状に連続放電していきます。
これが情報が伝わるということになるのです。
ちなみに、身体をコントロールする上で大切な「情報のもつ意味」は、神経伝達物質によって伝達されていきます。
神経同士のつながり部分であるシナプスでは、電気によって情報が伝達されてくると、カテコールアミンやアセチルコリンといった神経伝達物質を次の神経に向かって放出し、情報に意味を持たせていきます。
つまり、私たちの脳を中心とした神経系は、電気と化学物質の作用によって、情報をやり取りしているのです。
日常で行っている動作のコントロール、不随意的な内蔵の働きも、そして、
「うれしい」
「くやしい」
「お腹が空いた」
「この映画感動した」
といった多種多様な感情も全て、電気と化学物質の作用によって起こっているのです。
人体は、体重の60パーセントが水分であり、血液や脳脊髄液、リンパなどが循環しています。
そして、細胞と細胞の隙間をうめるように、組織液で満たされています。
血液やリンパの循環が重要なことは、広く知られていますが、実は、電気システムである人体の重要なポイントとなる部分は、細胞をうめる組織液なのです。
組織液そのものは、血液やリンパとも連絡していますから、独立したものではないのですが、人体における活動の活性と制御の仕組みのほとんどを、イオン化された電解液(組織液)のバランスで動かしています。
組織的な信号伝達も信号制御も、とどのつまりは細胞内外の液体中を出入りする電荷をもったイオンによるものによってまかなわれているのです。
水、そしてナトリウムやカルシウムといった電解質。
これらの作用なくして、人体は成り立たないのです。
自分の身体の外で起こっている様々な状況に合わせて、身体中に張り巡らされた神経系や様々なホルモンの働きによって、その状況に適応するように、身体内をコントロールしています。
一方で体内の臓器も、これまた神経系やホルモンなどの作用によって、意思とは関係ないところで、私たちが生きていくうえで必要な働きを休むことなく行っているわけです。
このように考えていくと、身体のコントロールは、脳をはじめとする神経系と、内分泌系(ホルモン)がその中枢を担っているということになるわけですが、今回は、少し違った角度から、人体がコントロールされている仕組みをみていきたいと思います。
いきなりですが、人体は「電気」でコントロールされています。
電気?
と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、人体は、発電所でもあって、電気をよく通す伝導体でもあって、そのうえで、電気によってコントロールされているのです。
心臓も肺も電気を出していますし、胃も腸も目も、脳も電気を出しているます。
わかりやすいのが「心電図」。
これは、心臓が発電所であるというシステムを利用して、モニターしているものですね。
また、人体は電気をよく通す伝導体にもなっているわけですが、電線の断面露出部に手を触れれば、たちまち感電しますよね。
突発的な事故ではない限り、試してみる方もいらっしゃらないとは思いますが、濡れた手で電線の断面露出部に手を触れれば、ビリビリッとくるわけです。
何はともあれ、人体は電気を発生させ、それによってコントロールされているわけですが、その電気の発生現場は、細胞です。
そもそも人体の細胞膜の内と外では、いつも100ミリボルトの電位差がおこっているのです。
この状態を「分極」といって、細胞の内側のほうが低いマイナス電位になっているのですが、何らかの刺激をうけるとプラス電位に反転しまう。
これを「脱分極」といいます。
神経系のネットワークもこの「脱分極」によって行われいて、脳からの運動の指令も、身体で起こった痛みの情報も「脱分極」の繰り返しによって伝わっていきます。
もともと細胞の内外は電解液で満たされていて、ナトリウムイオンとカリウムイオンによって濃度平衡を保っています。
ここに、何らかの刺激が加わると、ナトリウムイオンが突発的に内側に向かって流れていき、ナトリウムとカリウムのイオン相互に濃度の変化がおこります。
これが、「細胞が興奮した」という現象にあたります。
このとき、ナトリウムイオンはプラスの電荷をもっているので、それが細胞内に流れこみ、内側の電位はプラス20ミリボルトほど上昇するといわれています。
この脱分極は0.3秒ほど続き、その持続を保つために電解液に溶けこんでいたカルシウムイオンが一斉に内部に移動して、内側のプラス状態を維持するように動き、その後カリウムイオンがあらためて外側に移動して、細胞膜はふたたび分極状態に戻るという一連の流れによって、細胞の興奮は落ち着いていくのです。
こうしてみていくと、われわれの人体の電気を作ったり運んだりしているのは ナトリウムやカリウムやカルシウムのイオンなのだということがわかります。
われわれはイオンという電気に満たされた電気システムなのです。
私たちが、パソコンを入力するために指を動かしているときも、スポーツで汗を流しているときも、ゆったりとくつろいで一見何も活動していない時でさえ、身体内では、生きている限り、こうした分極・脱分極・再分極・分極を絶えず繰り返しているのです。
また、痛みを感じるということは、脱分極が連鎖的に起きているということになります。
痛みの強さは、脱分極の電圧は一定で、ナトリウムイオンの出入りの頻度によって決まると言われていて、強い痛みであればあるほど、ナトリウムイオンは盛んに出入りを繰り返しているということになります。
一方、麻痺はこのナトリウムイオンの出入りが無い状態となります。
痛みと麻痺は、生理学では正反対の現象のことになるのです。
お医者さんが行う神経ブロックという注射は、このナトリウムイオンの出入りを行えなくすることで、その効果を発揮するようなのですが、そう考えると、「座骨神経痛がひどいので、神経ブロックをしましょう」という場合、麻痺していない場合のみ適応となりますね。(当たり前ですが)
すると、「痺れは、麻痺の軽いもの」という認識も誤りだということになりますよね。(これまた、別物だと理解されている方には当たり前の話ですけど)
意外と多いんです、「痺れがひどいと麻痺してしまうから、神経ブロックをして、早く治さないと」という認識を持っている方が。
痺れが麻痺の軽いものであれば、わざわざ麻痺に近づくような(神経の働きを止めるような)注射をお医者さんが打つわけないですもんね。
ある種の痺れにおいては、麻痺の軽いものというよりは、痛みの感じ方(表現のされ方)の一種と考えた方が適しているのではないかと思いますが、専門家の方々いかがでしょうか。
「神経が圧迫されて、痛みと痺れが起こっています」という場合などの神経がらみの症状や不調を、生理学的な目で見ていくと、痛み―痺れ―麻痺といった部分の認識や、現状の医学的なアプローチに矛盾も感じずにはいられないのですが、この辺の話はまた今度にしましょう。
横道にそれましたが、このように、身体がイオンという電気によって動かされているシステムである以上、塩分やカルシウムは、適量こそあれ、なくてはならないものであるといえますね。
私たちの脳の活動も、神経細胞の電気的興奮によって行われています。
脳は、無数の神経細胞の集合体で、その神経細胞から伸びる樹状突起などを介して繋がっています。(シナプスという)
興奮していない神経細胞はマイナス80ミリボルトと言われていますが、そこにシナプスを経由して信号が伝わってくると、その神経細胞はプラス20ミリボルト以上になります。
この現象を、「発火する」といって、これによって起こる波動単位を「インパルス」ともいっています。
脳内では、絶えずどこかの神経細胞で発火が起こり、それが一瞬のうちにネットワーク状に連続放電していきます。
これが情報が伝わるということになるのです。
ちなみに、身体をコントロールする上で大切な「情報のもつ意味」は、神経伝達物質によって伝達されていきます。
神経同士のつながり部分であるシナプスでは、電気によって情報が伝達されてくると、カテコールアミンやアセチルコリンといった神経伝達物質を次の神経に向かって放出し、情報に意味を持たせていきます。
つまり、私たちの脳を中心とした神経系は、電気と化学物質の作用によって、情報をやり取りしているのです。
日常で行っている動作のコントロール、不随意的な内蔵の働きも、そして、
「うれしい」
「くやしい」
「お腹が空いた」
「この映画感動した」
といった多種多様な感情も全て、電気と化学物質の作用によって起こっているのです。
人体は、体重の60パーセントが水分であり、血液や脳脊髄液、リンパなどが循環しています。
そして、細胞と細胞の隙間をうめるように、組織液で満たされています。
血液やリンパの循環が重要なことは、広く知られていますが、実は、電気システムである人体の重要なポイントとなる部分は、細胞をうめる組織液なのです。
組織液そのものは、血液やリンパとも連絡していますから、独立したものではないのですが、人体における活動の活性と制御の仕組みのほとんどを、イオン化された電解液(組織液)のバランスで動かしています。
組織的な信号伝達も信号制御も、とどのつまりは細胞内外の液体中を出入りする電荷をもったイオンによるものによってまかなわれているのです。
水、そしてナトリウムやカルシウムといった電解質。
これらの作用なくして、人体は成り立たないのです。
筋肉はやわらかく
筋肉と神経系の密接な関係性について、前回は書きましたが、引き続き今回も。
筋肉への刺激の入力によって、脳を覚醒させたり沈静化させたりすることが可能なのだということを前回は書きました。
筋肉と脳というつながりを考えるときに、重要なことは「どのように筋肉を使うか」ということになります。
筋肉を使うということでまず思い浮かぶのがウェイトトレーニングやマシントレーニングのような、いわゆる「筋トレ」と呼ばれる動かし方。
筋肉を鍛え、筋肉量や筋力を高めることは非常に有効で、安全に行えば、身体にもたらすメリットは、非常に高いものが期待できます。
でも・・・
筋トレをするときに、筋肉が硬くなる(硬くする)ことが、トレーニングの効果のように錯覚してしまうことってあるものです。
筋肉が「ある」とか「ない」とかの話題の中で、自分であるいはお互いに筋肉を触ったり、押したりしながら、
「筋肉ないわ〜」
「ぶよぶよなのよ〜」
とかってよくある光景ですよね。
これって、筋肉の硬さや張りや太さを、感覚しながら評価しているわけです。
これが、筋肉の太さを評価して、ある・ないと言っているのであれば、ある意味、いいのかなとは思いますが、単純に硬いか、そうではないかを評価基準にしているのであれば、大きな錯覚を起こす可能性があります。
筋肉の張りや硬さといった感覚的な評価基準の中で、トレーニングを行うと、筋肉に最大の緊張を強いるようになります。
強張らせる感じでトレーニングするというほうが伝わりやすいかも知れませんね。
強張らせると筋肉は、硬くなりますから、筋肉を使ったという錯覚を生んでくれます。
「トレーニングしたな〜」という満足感は得られやすいわけです。
以前指摘した、筋肉は「力を入れるところ」ではなく「力を出すところ」という概念で考えると、このときの満足感は、「力を入れる」ことを頑張ったということになるんですね。
こうした緊張型のトレーニングでは、必ず筋肉は硬くなってくれますが、筋量を高めるとか、筋力を強くするといった本来の目的が達成されたかどうかは、別問題なわけです。
そもそも、筋肉が硬くなると、あまりいいことってないんですよね。
例えば、毛細血管は、筋肉の緊張持続によって、局所の血流が増大したままになります。一見良さそうな反応のようにみえますが、この緊張が続けば、全体の血液の還流がうまく発生せずに、血流は停滞してしまいます。
そしてこの血流の停滞は、乳酸等の疲労物質の除去を滞らせ、疲労の回復を妨げてしまいます。
すると、ますます筋肉の硬化を招いてしまいます。
そしてここで、また錯覚してしまうわけですよ。
硬くした筋肉を触ったり、押してみながら
「筋肉がついてきたな〜」
と。
硬いことが筋肉のある・なしの評価にはなりませんし、硬い筋肉にしてしまったことで様々な不具合の根源にもなりかねません。
筋肉を硬くすることが、筋肉を使うという誤解や、硬くなったことが筋肉がついてきたという錯覚は、いつの間にか、筋の必要以上の緊張を習慣化させてしまいます。それも無意識に。
すると、筋肉は柔軟性を欠き、血流の不全とさらなる筋肉の硬化が起こり、感覚受容体の感度の鈍化などを招いてしまいます。
筋肉に連絡する末梢神経は、脊髄、脳といった中枢神経と情報のやり取りを行っています。
筋肉を硬くしてしまうと、つながっている脳自体の働きも固くなり、機能の低下を招いてしまいます。
少し専門的になりますが、生理学的に見ると、筋肉の中にある筋紡錘(きんぼうすい)というセンサーからの興奮性の神経信号が多い状態、つまり筋が伸展する状態が発生すればするほど、脊髄中のα神経線維の運動神経の活動を上昇させ、伸展反射機能を高め、筋の出力を高めます。
それに伴って、γ神経線維の活動も高まり、筋紡錘の感度も上昇し、その信号は網様体へと伝達されます。
こうした、筋肉の伸展する状態が多くなればなるほど、網様体からの大脳皮質へと送られる信号も増え、大脳全体の意識水準は高まり、目覚めた状態へとなっていくのです。
脳などの神経系をしっかりと働かせるには、筋肉を伸展させる働きが必要です。
筋肉がもつ適度な緊張を越えて、必要以上に緊張させ過ぎるような―力を入れて強張らせ、緊張を強いるような―使い方は、筋肉のみならず、神経系全体の働きまで、低下させます。
筋肉が硬いということが、「筋肉がある」ということではありません。
筋肉を硬くすることが、「筋肉を使う」ということでもありません。
筋肉は硬くさせてはいけないのです。
筋肉への刺激の入力によって、脳を覚醒させたり沈静化させたりすることが可能なのだということを前回は書きました。
筋肉と脳というつながりを考えるときに、重要なことは「どのように筋肉を使うか」ということになります。
筋肉を使うということでまず思い浮かぶのがウェイトトレーニングやマシントレーニングのような、いわゆる「筋トレ」と呼ばれる動かし方。
筋肉を鍛え、筋肉量や筋力を高めることは非常に有効で、安全に行えば、身体にもたらすメリットは、非常に高いものが期待できます。
でも・・・
筋トレをするときに、筋肉が硬くなる(硬くする)ことが、トレーニングの効果のように錯覚してしまうことってあるものです。
筋肉が「ある」とか「ない」とかの話題の中で、自分であるいはお互いに筋肉を触ったり、押したりしながら、
「筋肉ないわ〜」
「ぶよぶよなのよ〜」
とかってよくある光景ですよね。
これって、筋肉の硬さや張りや太さを、感覚しながら評価しているわけです。
これが、筋肉の太さを評価して、ある・ないと言っているのであれば、ある意味、いいのかなとは思いますが、単純に硬いか、そうではないかを評価基準にしているのであれば、大きな錯覚を起こす可能性があります。
筋肉の張りや硬さといった感覚的な評価基準の中で、トレーニングを行うと、筋肉に最大の緊張を強いるようになります。
強張らせる感じでトレーニングするというほうが伝わりやすいかも知れませんね。
強張らせると筋肉は、硬くなりますから、筋肉を使ったという錯覚を生んでくれます。
「トレーニングしたな〜」という満足感は得られやすいわけです。
以前指摘した、筋肉は「力を入れるところ」ではなく「力を出すところ」という概念で考えると、このときの満足感は、「力を入れる」ことを頑張ったということになるんですね。
こうした緊張型のトレーニングでは、必ず筋肉は硬くなってくれますが、筋量を高めるとか、筋力を強くするといった本来の目的が達成されたかどうかは、別問題なわけです。
そもそも、筋肉が硬くなると、あまりいいことってないんですよね。
例えば、毛細血管は、筋肉の緊張持続によって、局所の血流が増大したままになります。一見良さそうな反応のようにみえますが、この緊張が続けば、全体の血液の還流がうまく発生せずに、血流は停滞してしまいます。
そしてこの血流の停滞は、乳酸等の疲労物質の除去を滞らせ、疲労の回復を妨げてしまいます。
すると、ますます筋肉の硬化を招いてしまいます。
そしてここで、また錯覚してしまうわけですよ。
硬くした筋肉を触ったり、押してみながら
「筋肉がついてきたな〜」
と。
硬いことが筋肉のある・なしの評価にはなりませんし、硬い筋肉にしてしまったことで様々な不具合の根源にもなりかねません。
筋肉を硬くすることが、筋肉を使うという誤解や、硬くなったことが筋肉がついてきたという錯覚は、いつの間にか、筋の必要以上の緊張を習慣化させてしまいます。それも無意識に。
すると、筋肉は柔軟性を欠き、血流の不全とさらなる筋肉の硬化が起こり、感覚受容体の感度の鈍化などを招いてしまいます。
筋肉に連絡する末梢神経は、脊髄、脳といった中枢神経と情報のやり取りを行っています。
筋肉を硬くしてしまうと、つながっている脳自体の働きも固くなり、機能の低下を招いてしまいます。
少し専門的になりますが、生理学的に見ると、筋肉の中にある筋紡錘(きんぼうすい)というセンサーからの興奮性の神経信号が多い状態、つまり筋が伸展する状態が発生すればするほど、脊髄中のα神経線維の運動神経の活動を上昇させ、伸展反射機能を高め、筋の出力を高めます。
それに伴って、γ神経線維の活動も高まり、筋紡錘の感度も上昇し、その信号は網様体へと伝達されます。
こうした、筋肉の伸展する状態が多くなればなるほど、網様体からの大脳皮質へと送られる信号も増え、大脳全体の意識水準は高まり、目覚めた状態へとなっていくのです。
脳などの神経系をしっかりと働かせるには、筋肉を伸展させる働きが必要です。
筋肉がもつ適度な緊張を越えて、必要以上に緊張させ過ぎるような―力を入れて強張らせ、緊張を強いるような―使い方は、筋肉のみならず、神経系全体の働きまで、低下させます。
筋肉が硬いということが、「筋肉がある」ということではありません。
筋肉を硬くすることが、「筋肉を使う」ということでもありません。
筋肉は硬くさせてはいけないのです。


