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「カイロプラクティックたんぽぽ」院長のブログです

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膝痛などで、医師から、

「歩くなど、適度な運動をしてください」

と言われることってありますよね。


そのような時、

適度な運動をした方がいいのはわかるけど、

動くと痛いし・・・でも、動かないとだめだと言われるし・・・

痛みが無くなれば動けるけど・・・痛いから動きたくないし・・・

それとも、痛いのを我慢して、無理をしてでも動いた方がいいのか・・・

どうしたらいいのだろう

ということに悩むことがあります。


よく耳にするジレンマですね。


さて、痛みの問題と運動、どちらを優先したらいいのか。

個々の状態に違いはあるので、ケーズバイケースですけど、

“たんぽぽ”では、よく

この両者のどちらかを選択する前に、

感覚の回復を優先にしましょう

とお伝えしています。


人間の体は

「感じる(=感覚)こと」と「動くこと」の

両輪で機能しています。

そして、私たちが「動く」場合、

それに先立って「感じる」が行われているものです。

これほ、ほとんど無意識で行われています。

つまり

感覚 ⇒ 運動

という原則の中で、私たちは日々の活動をしているのです。


自分が置かれている場や、

働きかける対象、

そして自身の体を

感覚していることが前提としてあって、

その中で表現されているのが、自分の「動き」なのです。


膝でも、他の部位でも、

痛みがあって動かせない、あるいは、動かすと痛い

という時には、きちんと(=本来備わっている機能通り)動かせないわけです。

その場合、「動く」の前提となっている

「きちんと感覚すること」にも、

感覚の鈍さや誤差、錯覚が生じているものです。

感覚には、自身の外への感覚(場や対象など)と内面への感覚(=身体感覚)

がありますが、

これらの何かに不具合が生じているのです。


感覚 ⇒ 運動

という仕組みは、

ほとんどが無意識下で処理されているので、

実感することはあまりないかもしれません。

ですが、私たちは、

きちんと感覚できているからこそ、

きちんと動くことができる(動かすことができる)のです。



痛みをとることが先? 運動が先? どうしたらいいの?というとき、

もしあなたが、この二択でお悩みなら、

「感覚を回復させる」

という、新たな選択肢を選んでみましょう。

すると、

「痛み」や「動き」についての問題も、

解決の流れに乗ることが出来ますよ。




小さい頃、周りの大人から

「楽な方に逃げてばかりいると、後でツケがまわってくる」

と諭されたものです。


私も多少は、人生経験を重ねてきましたので、

「確かにあるなー」と思うこともあるわけです。



さて、話題はカラダの話へ。

体に、何らかの痛みが発生した時、

それは、非常事態なわけです。

非常事態の中で、

ヒトは、「楽な状態」へ一時的に避難します。

これが俗にいう「かばう」という状態。

この反応は、ヒトの持つ防御反応ですから、

良しとしましょう。

このような「かばい」が起こっても、

痛みの元が消失して、痛みが感覚されなくなったら、

通常、その非常事態宣言も解除されます。

一時的に「楽な状態」へ避難させていた体の使い方も

きれいに元に戻して、すべてが終結します。

このような経過であれば、何も大きな問題になりません。


でも、

痛みという非常事態が収束しても、

非常事態宣言が解除されず、

かばい癖だけが、継続したらどうなるでしょう。

そこには、もともとなかった「悪癖」ともいうべき癖が残ります。


「かばう」ということは、今ある痛みからの一時的な避難ですから、

基本的に、痛みが楽になるような動き方、支え方になります。

ですが、それは、本来備わっている仕組みからは外れた

緊急時の動き方、支え方です。

つまり、「悪癖」が残るということは、

本来備わっている自然な動き方、支え方とは異なる

不自然な仕組みを定着させるということなのです。


ここで、一度整理してみます。


・痛みが起こる ⇒ 一時的に「楽」に逃避することは自然。

・痛みが消失したら、その時(非常事態用)の「楽=かばい」はもう必要なし。

・ここで「楽=かばい」もリセットされれば問題なし。

・でも、その「楽=かばい」を解除しないと、「悪癖」になる。

・「悪癖」と言うべき不自然な動き方、支え方は、

 本来の仕組みから外れているため、 それ自体誤った動き方、支え方となる。

・このような誤った使い方は、また別の痛みを誘発する原因になってしまう。

・「悪癖」が多くなればなるほど、体はどんどん自然な仕組みから離れていく。

・そして、痛みを誘発しやすい体へ。

ということになります。


このパターンは、毎年のようにぎっくり腰を繰り返している人にもよく見られます。

また、慢性的な不調の方、複数の不調を抱えている方は、

このパターンを何回も何回も繰り返して、現在に至っていることがほとんどです。



痛みなどの非常事態に、防御反応として、

一時的に「楽」に逃避することは、仕方のないことです。

でも、

それを適時解除しないと、

必要だからそうしていた「楽な状態」が、

「悪癖」として、ストックされていきます。

痛みのたびに、それを重ねてきたら、

いつしか、体は「悪癖」だらけ。


もし、「悪癖」が増え過ぎた体に、新たに別の痛みが起こったら?


かばう余裕のなくなった体は、いくら非常事態宣言を出しても、

一時的な「楽」にも、逃がすこともできません。

そうなったら、痛みとのガチンコ勝負。

「悪癖」だらけの余裕のない体で勝てますか?



「かばい」という名の一時的な「楽」を、

適時、解除してこないでいると

後で大きなツケが回ってくるようです。



こじつけ感が強いですけど(苦笑)

「楽な方に逃げてばかりいると、後でツケがまわってくる」

という話でした~
たとえば、腰痛がある場合、

多くの方が、「腰が悪い」と考えます。

痛みがある場所=悪いところ

という考え方ですね。

腰痛がある → 腰が悪いところ → 治すべきは、腰

ということになります。

しかし本人が痛みを感じているところが、

必ずしも「悪いところ」ではない場合もあります。

痛みを感じている場所=犠牲者

という考え方です。

他に、何か問題を抱えていて、腰がそれをカバーしていて、

それが限界に達したときに、腰が悲鳴を上げてしまう、

それをたまたま、本人が腰痛として認識した、というケースです。

この場合では、痛みを感じている腰は、

決して治すべき悪いところではなく、

これまで頑張ってくれていた功労者といえます。

ねぎらいの言葉の一つでもかけてあげるべき場所です。


ですが、一般的には、

いたみを感じる場所=悪いところ

と考えられがちです。

このような、

痛みを感じる場所=悪いところ=治すべき場所

という思考パターンで、

痛みのある腰周辺にだけ注目して施術を重ねても、

腰痛の背景が他をかばってのものであれば、

回復するはずもありません。


このようなケースでは、

当たり前の話ですが、

アプローチするべき場所は、

腰が、最終的に悲鳴を上げてしまうまでに

かばい続けなくてはならなかった、

背景にある問題の方です。

単純な話ですよね。


なかなかよくならない痛みがある場合、

本当に痛みを感じる場所が悪いところなのか、

ご自分でも検証なさると良いと思います。

治すべき悪いところと思っていた場所が、

本当は犠牲者だったということがあるかもしれませんよ。
来院して下さる方々は、

それぞれ、痛みや不調から解放されることを希望して

足を運んでくださいます。

「痛みや不調から解放される=自由になる」ことには、

二つの状態があります。



一つは、痛みや不調そのものから解放される。

それらをすっかり手放して、自由になるという状態。



もう一つは、自分自身は、痛みや不調の中にいるけれど

その中で、痛みや不調から自由になれたという状態。

「まだ、痛みあるけど、それほど苦にならなくなった」

という言葉で語られる状態。

痛みや不調の中にいるけど、それらと折り合いがついている状態。

それらと今はまだ、共存しているけど、

自分自身は、それらから、ある意味、自由な立場でいられるという状態。

こういう“解放”もあるようです。


人によって、どういう道筋で

痛みや不調から解放されるのかはそれぞれです。

身体の状態など、さまざまな要因によって、

即座に、痛みや不調そのものから解放されることが難しいケースでも、

一歩でも、もう一つの“解放”に辿り着けると、

その後の可能性は、グンと広がっていくように感じています。
捻挫や、直接ぶつけた、という明らかな外傷での痛みは、

痛みの箇所=痛みの原因箇所

となります。

一方、特にきっかけはないけど、痛くなったという場合では、

必ずしも「痛みの箇所=痛みの原因箇所」とはなりません。

他の部位に何らかの問題があって、

そこからくる負担をかばって、

原因部位ではない、かばっていた部位の方に

強い痛みが起こるというケースも考えられるからです。

ということは、

痛みを感じている箇所が、施術を行わなくてはならない場所とは、

限らないということなのです。


当院にいらしていただいている方々は、

はじめに説明をした段階で、おおよそ理解して下さいますので、

とても助かっていますが、どうしても

痛い箇所が、治さなくてはいけない箇所、整えなくてはならない箇所、と

思ってしまいがちですからね。

広い視点で体を眺めることが大切です。